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温泉から神様まで

何年か前、友人と2人で
城崎温泉にお邪魔した。
もう一度行きたい、と思った
数少ない温泉地の一つである。

平日だったせいか、
その日ツアーバスの車内はガラガラで、
我々を含め3組しか乗っていなかった。

本来指定席だが
「好きな席にお座りください」との
ドライバーの悲しくも温かいお言葉に甘え、
広々使わせてもらい、
快適な陸の旅となった。

宿泊先の宿に着き、
浴衣なんかを羽織り、
いそいそと風呂に出かける準備を始める。

もちろん宿にも風呂はあるのだが、
ここ城崎の売りは「温泉巡り」である。

宿周辺には、10前後の温泉施設がある。
温泉パスポートのようなものを
宿からもらい、客は好きな温泉に入るのである。

パスポートはスタンプラリーのような仕様で、
各温泉施設のスタンプを押す
空白部分が連なっている。

これを見ると
よーし全部埋めてやろうじゃないの、
と謎の鼻息荒いぞモードに突入する。

そして1つでも多く入りたい、と
あっちをキョロキョロ、
こっちをジロジロ、
貧乏根性丸出しで
温泉街を回っていたのだが、
さすがに4つ目あたりで
バテてしまった。

急いで服を脱ぎ、湯に浸かり、
体をささっと洗い
髪を洗う間もなくタオルでしぱぱぱっと
体を拭い、また服を着、
次の施設へ向かう。

これを4回繰り返すのである。

温泉とは、ゆっくり疲れを癒すために
来る施設ではなかっただろうか。

これではまるで修行ではないか。

4度の修行でぼーっとした頭のまま
通りがかった酢ドリンクの店で一休みし、
しばし休戦、(誰と戦っているのか・・・)と、
散歩に切り替え
古びた商店街をチョロチョロしていた
まさにその時。

小さな鳥居が道路沿いに現れた。
赤い鳥居ではなく、
石でできた割と小さめの
灰色の鳥居である。

ほぅ、こんなところに神社が・・・と、
迷いなく鳥居をくぐらせてもらい中に入ると、
なんと気持ちの良いことか。

境内の左右に立つ
たくさんの背の高い木々の葉が
さわさわとゆったりと揺れ動き、
今まで歩いていた
たった1歩先の鳥居の向こうの空気とは
まったく違うそれが流れている。

自分の体に触れ動き続ける風が、
とにかくとても気持ち良い。

しばしその気持ちよさに感動し、
ふと下を見ると、
賽銭箱の横に「1つ100円」の
おみくじが控え目にちょこんと
備わっていた。

小銭入れから100円を取り出し、
1枚引かせてもらった。

たしか吉あたりであったと思う。

であったと思う という
あいまいな記憶なのは、
空気の気持ちよさの方が
断然印象強かったせいである。

神社を出たら、
散歩中だった時の空気に戻った。

温泉の良さもあるけど、
あぁ、もう一度行きたいなぁ・・・と思う理由は
主にこれである。

今まで様々な神社に参ったが、
こんな気持ちよさを感じたことは
1度もなかった。

湯あたりのせいかと思ったが、
友人は全くその様子はなく、
酢ドリンクを飲む前から
元気ハツラツである。

なので散歩も
修行でバテた私を気遣い、
付き合ってくれただけで、
本人は「まだ入りたい」と
ダダをこねるほどであった。

恐るべき体力の持ち主である。

その友人も、
「ここ、すごく気持ちいい」と
同じことを言っていたので
湯あたりは関係ないように思う。


とある誌で見た体験談に、
霊感のある人が
何かにとり憑かれたらしく
ずーんと体が重くなり
神社(鳥居)に駆け込んだところ、
一気に解き放たれ、
体が軽くなったそうである。

やはり神社仏閣には
なにか神々しい空気が
宿るものなのだろうか。

私が経験したのは
この程度のことで、
不思議な体験をした、と
人前で話せるようなことは
何一つない。

だが
人の話を聞くのは好きである。

信じる信じないではなく、
そのような経験をする人がいるのだなぁ・・・と
ただ知ることに喜びを覚える。

時々このテの話題になると、
ものすごく熱くなっちゃう人がいるが、
ムリに押し付けられない限り、
それはそれで面白い。

正直「お経」や「天国、地獄」なども
人間の創造物であり、
神なる存在が直々に
我々人類に与えたものではない。

法事なんかでお経を復唱するとき、
「人間の想像力ってすげえなぁ・・・」と
嫌みでもバカにしている訳でもなく、
ただ感心している。

あんな文章や言葉を作れるなんて
本当にすごいと心から思う。

そしてソレ関係のモノは
「わからない」からか
やはり恐れをなし、みな恭しく扱うが、
本当は「存在が確認されていないもの」で、
実態は不明確で、
「神」という存在すら、
未だ解明できていない。

そんな「不明確」で「実態のない」ものについて
熱い論争が巻き起こり、
あーでもないこーでもない、と
みなが真剣に討論する。

その様子が好きである。

よく思春期の青年が言う
「もし彼女ができて、その子がこういう設定でこうだったら・・・」
などに似ているように思う。

しかも本人たちは
割と真剣に話している。

昔よく放送されていた
ビートたけしプレゼンツの
UFO論争番組なんかが
まさにそれである。

まるで「お笑い」の中に1つの
ジャンルが確立されていたようだった。

あの教授や評論家はまだ
お元気であろうか。


ちなみに「野球」は、
大人が本気の玉遊びをしている
と思って観ている。

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帰れない寿司桶

ちょくちょく話題になる、
寿司を出前してもらったときに
返す寿司桶は
洗うか洗わないか。

ま 普通洗うでしょう・・・
と思っていたが、あにはからんや。

洗わない派も、まぁまぁいるらしい。

理由としては、
・洗わず返すのが「美味しかったですよ」のサインだから
・洗うのは自分の仕事じゃないから
・めんどくさいから

などなど。

上2つは、なんだかいさぎろしくない。
ほんとはめんどくさいだけなんじゃないの・・・と
つい疑ってしまう。

「美味しかったですよ」のサインであると
お店側が受け取ってくれればいいが、
配達及び回収に来てくれるのは、
恐らくアルバイトの方々なのではないだろうか。

そして恐らく高校生~大学生など、
多いのではないだろうか。
(私の近所の寿司屋だけだろうか)

その方々が
「あ、桶洗ってない。美味しかったんだな♪」
と思ってくれるだろうか。

ほとんどの学生たちは
「げ、桶洗ってない。キッタネェなぁ。ぶーぶー」
などと思ってしまうのではないだろうか。

私ならもれなく後者である。
ちなみに美味しかったサインだと知っていたとしても、
やっぱり キタナイ・・・と思ってしまう。

洗う・洗わないの問題を
起こさなくてすむ方法は一つ。

使い捨ての桶にしてもらうことだ。

いやいや、来客の手前そんなことできませんよ、
という方もいらっしゃろう。
もしくはそんな容器用意してないという
格式たか~い寿司屋もあるかもしれない。

そんなときはこれを
おためしあれ。

まず容器は何時も通り通常の桶にし、
寿司を注文する。
寿司を持って来てもらう。
すかさず玄関先で
「ちょっと待ってね。お皿に移すから」
と言って一旦奥に引っ込む。
お皿に全て寿司を移し替える。
玄関に戻り、その場で桶を返す。

名付けて「ミスチル桜井家戦法」である。

なぜここでミスチルかと言うと、
ご存じの方もいらっしゃると思うが、
何年か前に
とある寿司屋でバイトをしていた男性が
桜井家から寿司の注文を受け、
持って行ったところ
先程のセリフ及び桶と共に、
「そしたらまた取りに来なくていいでしょ」との
気遣いを受け取ったのである。

それに感動した彼は
SNSにそのエピソードを載せ、
瞬く間に広まった、というわけ。

本当の話かどうかは知らんが。。

ともかく、
いかがだろうか。
これで不毛な争いも起こるまい。


思ったことが私にもあった。

しかしそれは儚い幻想だったのである。

いざ自分の目の前に配達員が現れ、
寿司を渡され、代金を払うと
「ちょっと待ってて。お皿に移すから」
というセリフはなかなか言えなかった。

彼を待たせていいのだろうか。
まだこの後も配達があるかもしれない。
そしてバイクは道路に停めてある。
ウチの小さな駐車場に停めてもらってもいいけど、
そこまで言うべきだろうか。

代金を受け取り、メニュー表などを渡したら
もう帰る気マンマンの彼に、
そんなことを言うのははばかられた。
言葉を発するタイミングが無い。

だから結局いつも
桶を回収してもらえるのを
ひたすら待つのである。

ちなみに
実際に寿司を皿に移し替えてみたところ、
(もちろん彼が帰ってから)
意外と時間がかかる。
1、2人前ほどならそうでもないだろうが、
3人前以上となると、
私がドンくさいせいなのか、
結構時間を要するのである。

やはり言わなくて良かった・・・
逆に要らぬ気を遣わせてしまうところであった。

そして今、我が家の玄関先には
およそ一カ月前に置かれた桶が
未だ店に帰れず、
砂埃をかぶって彼を待っている。

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違法かどうかではない

少し前に、
PPAPの特許権に関することが
ニュースになりましたね。

ふと思い出したので
その事を少し。

ニュースによると
ピコ太郎氏やエイベックスなどと
全く関係のない会社が、
「PPAP」の特許を出願をしたとか。

こちらの会社、
自らの関係のない
様々な特許を出願しているようです。
※実はそのほとんどが却下されているよう

テレビで流れていた、
会社社長が答えたインタビューでは
「法的に問題ない」ようなことを
言っていましたが、
私からすると、そういう問題ではない。

確かに法的に問題はないのかも
しれないが、
なんと言うか 品が無い ではないか。

他人のふんどしもいいところ。

もし身内にいたら、
絶対に知られたくないと思うし
なにより、恥ずかしい。

この方は
それ以外に働くすべがなかったのだろうか…。

現在は 弁理士登録も抹消されているそう。

悪い事をしているわけではないので
おかしな言い回しかもしれないが、
もっと堂々と胸を張ってできる仕事に
出会えるといいなぁと思う。


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